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今までずっと、退屈だと思いながら生きてきた。
特段何かに熱中することもなく、あらゆることが一時的な退屈しのぎに過ぎなかった。
世界が終末を迎えたところで、その退屈さは以前とさほど変わらなかった。
悲観も何もしなかった。
失って悲観するほど恋しいものや大切なものが、俺にはなかった。
ただ誰かを支配して奪うだけ。奪うために自分を装い続ける、空虚な人生だ。


荒廃した世界の…日の高さからしておそらく──昼下がり。
何もすることがないので、かつてジュエリーショップだったガラス張り(ほとんど割れているが)の店前の階段に座り、ぼんやりとゆっくり動く白い雲を眺める。大気の流れに任せて不規則に形を変えていく雲はどこか既視感があった。何かに似ている。既視感の正体を探っていると、いつの間にか横に立っていた退治屋がおずおずと話しかけてきた。
「…調子はどうだ?」
雲のように漠然とした質問だ。既視感の正体はこれ…なわけがない。頭を動かさず視線だけを横に向けると、退治屋は俯き加減で申し訳なさそうに続ける。
「昨日…無理させたじゃないか…痛いとか、無いのか?」
昨日──
そういえば、血を吸う度に毎回勃たせてる悲しい三十路手前童貞の相手をしてやったっけな。卒業させてやったというのにまだ童貞くささが抜けていない。
まあ、真面目しか取り柄のない奴なのでそれも仕方ないことなのかもしれない。
「別に…お前なんかより、ハールマンのほうがよっぽど乱暴だったしな。慣れてる」
単に思ったことを口に出しただけだが、退治屋はその言葉にはっとしてさらに俯く。しばらくの沈黙の後、退治屋が顔を上げ、俺を憐れむような目で聞いてくる。
「聞くべきじゃないのかもしれないが…なんていうか、その、お前、ハールマンに…」
言葉に詰まったところで、その憐れみの目と辿々しさに腹が立ち、「レイプされた」と退治屋が言いたかったであろう言葉を先に言ってやる。退治屋は何故だか泣きそうな顔で「悪い…」と一言言うと、また黙りこくってしまった。
俺としてはそれはたしかに屈辱的な出来事ではあったが、赤の他人、ましてやかつて敵対していたはずの退治屋がそんな反応をするのはよくわからなかった。いちいち他人の不幸に気をかけるとは、めんどくさいやつだ。
しかしこの男は"下"の話をすると大抵取り乱すのでそれが面白く、少しからかって遊ぶことにした。
「ヤるか?昨日の続き、しようぜ」
「えっ」
相変わらず耐性がない。ほら見ろ、顔真っ赤にして。まあどうせ、吸血もしてない今じゃ男の俺相手には勃たないだろう…と思っていると、
「そんな…昨日の今日で、悪いし」
恥ずかしがりながらもしっかりとテントを張っている。
『昨日の今日で』そっちに目覚めたのか?と驚いたが、単に快感を体がまだ忘れられないだけなのかもしれない。
ますます面白くなってきた俺は調子に乗って
「ハールマンみたいに乱暴にしてもいいんだぜ」と煽ってみる。
「昨日のじゃ足りなかったし、もっと刺激的なのが良いな」
「そんなことするわけには…」
退治屋は口をもごもごさせて目を逸らす。本当はしたいくせに。しかし俺がここまで言ってるのにすぐに手を出さないとは、自制が利く大した男だ。
まあ、誘いに乗らないなら乗らないで別にいい。童貞(ではないが)を弄ぶのも飽きたので「じゃあいい」とそっけなく返し、また雲を眺めようと視線を空に戻したところ、退治屋が慌てて「いやっ…」と引き止める。しかしその後の言葉が出てこなかったようで顔を赤くして硬直するだけだった。大した男…ではなく、情けない男の間違いだったか。
仕方ないから、相手をしてやることにする。

「…無理してないか?」
「お前本当にそればっかだな。そんなだから童貞なんだよ」
「昨日お前に卒業させられたが…」
などと情緒も何もない会話をしながらいそいそと準備をする。退治屋のコートは枕に丁度いい。
「我慢できないんだろ。どうせ」
余裕がある風を装ってはいるが、正直我慢できないのは俺の方でもあった。退治屋はやる前はやたら気を使い勿体ぶるが、いざことに及ぶと思いの外ガツガツと来る。
きっと、女だったらそのギャップに惚れていることだろう。残念ながらそんな女は一人も現れず世界は終わったわけだが。

ズボンを脱ぎ捨てて店前に横たわり、昨日と同じように自分の唾液で穴を解していく。
ふと横を見ると、割れて大部分が欠けたガラス張りのジュエリーショップの窓に、自分の姿が不揃いなパズルのように写っていた。
こんな昼間から屋外で下半身を曝け出し、今からセックスをしようとしている…ちょっと前までは考えられなかったその異様な状況が良い興奮材料となった。
指の皮がふやけてきた頃、「もういいか?」と我慢ができなくなった退治屋が俺の膝をぐっと掴んで広げてきて、少し驚いた。童貞くさいままだと思っていたが、こういうことはしっかりと成長している。

「ん…」
ひくつく穴にモノが充てがわれ、ゆっくりと挿入される。
熱量を帯びたそれが、自分の中を押し広げていき、ぞわぞわとした感覚が下半身から脊髄に響く。
ぐち、ぐち、と粘り気のある水音が微かに聞こえる。
退治屋は「う、動くぞ…」と言うとぎこちなく前後に腰を動かし始める。昨日よりは慣れが出たのか少し速い。
「ぅ、あっ、んっ…」
自分の小さい喘ぎ声と、ぱちゅっ、ぱちゅっ、という軽快な音が、昼下がりの荒れ果てた無人の街道に響き渡る。
揺さぶられるたびに脳が甘い快楽で痺れて、じわじわと背中が汗をかく。
だけど──
「乱暴にって、言った、っ…のに…」
明らかに、遠慮した動きだ。
「お前が持たないんじゃ…」
物足りないと言ってるんだが…あまりの鈍さに呆れる。ただこいつの性格を考えると何を言っても遠慮するだろうと思い、無益なやり取りをしたくなかった俺は強硬手段を取ることにした。
「ちょっと…」
まるでペットの犬を呼ぶように手招きをする。
「?」
犬のように素直な退治屋が上体をこちらに倒したところで、襟元を掴み勢いよく首筋に噛み付く。
「痛ぁ!?」
"慣らし"をしないで噛み付くと、流石に痛いらしい。しかしそんなことはどうでもいい。
「な、何を…」
「腹が減ったから」
というのはまあ、わかりやすい嘘で。目的は血を吸うことではなく、唾液の中の麻薬成分を送り込むことだ。真面目な退治屋も、おそらくこれで"タガ"が外れるはずだ。
「お、お前な…どうなっても知らないぞ…」
「ふっ…俺、どうなるんだ?」
にやにやと笑いながら腰を少し動かして煽ってみると、退治屋のものが中でどんどんと硬くなっていったのが分かった。
「…本当にいいんだな?」
「何遍も言わせるなよ」
一瞬の沈黙のあと、退治屋は意を決したような顔で俺の腰を両手で力強く掴んで、ぐっ、と中に押し込む。
「ふあっ!?」
不意に奥を突かれ、驚きと衝撃で変な声が出る。いきなり動くやつがあるか。合図くらいしろよ、と言おうとしたが、さっきよりも格段に速くて力強い前後運動が始まり、そんな小言の一つも言えなくなった。

「ぅ、あぁっ、はぁっ、あっ」
ばちっ、ばちっ、と激しく荒っぽく、大きいストロークで中の肉を擦られ、ぞくぞくとした快感が下半身を支配する。
かと思えば今度は奥の方をグリグリと突くように刺激され、その度に内壁が退治屋の熱を離すまいと絡み付き締め付ける。
「うっ、ぅっ、ん゛…っ」
とても2回目だとは思えない、緩急のついた動きで脳が揺さぶられる。ちょっと油断していたかもしれない…
枕にしていたコートを必死に掴む。何かに縋っていないと理性を保てない。
「……」
退治屋は、最中は夢中なのか余裕がないのかはわからないがあまり喋らない。
必然的に行為中に聞こえるのは荒い息遣いと淫らな音と自分のよがる声だけになり、それによる羞恥心であらゆる神経が敏感になる。
しばらくその動きの繰り返しでやや単調になってきたころ、退治屋が一旦動きを止めて体勢を整える。
再び奥を突いてきたが、偶然にもそこが俺の"弱点"だった。
「っひ、ぁぁ!」
情けない悲鳴と共に腰がびくんと大きく跳ねる。
「…ヘイグ、」
息を切らした退治屋が何か言いかけたが、結局何も言わずに動きを続ける。
弱いところを強く擦り上げられ思わず逃げるように腰を浮かせるが、両手でがっちりと掴まれて引き戻される。"そこ"が弱いとバレたのか、同じところを何度も執拗に責められる。
「ぅぐっ…あ、あ゛っ、ぁっ!」
呻き声とも取れる喘ぎが自然と口から零れ落ち、もはや何も考えられない。
心臓の鼓動が速くなり、だんだんと体温が上がっていくのがわかった。限界が近い。
「あっ、待…て、も、無理、無理っ…」
「……」
聞こえているだろうに、退治屋はその必死の懇願を無視し、ただ息を荒くして腰を打ち付ける。
ごりゅっ…
突然、その弱いところを抉るように穿たれる。
腹の奥底を殴られたような衝撃が走り、全身が痙攣する。
「〜〜〜〜っ…!!!」
自分の陰茎は射精することはなく、透明の液をぼたぼたと溢すだけだった。
背を反らしたり上半身をくねらせたり抵抗してみるが、腰を掴まれているため快楽から逃げることができない。できないどころか、退治屋はさらに奥に押し込もうとしてくる。
その奥深く…"行き止まり"にごりごりと抉り込まれた熱が更なる快感を呼び起こし、
「う゛ぅ、ふうっ、ん゛んーーっ…!」
全身に物凄い力が入る。普段使わないような筋肉が、襲い来る強い快楽に耐えようと強張る。
短い間に2回、濃く、深い絶頂を味わった。
頭がスパークしたかのように真っ白になり、目の前はまるでバチバチと火花が散ったようだった。
快楽のピークが過ぎ、ふっと力が抜けるが、
「はぁっ、はっ、はっ…はっ、はっ…ぁっ、ぁ、」
息ができない…
あまりの快楽に呼吸の仕方がわからなくなる。必死に口で酸素を捕まえようとするがうまくいかない。苦しさで意識が朦朧とするなか、過去の記憶が蘇った。
──この感覚は、以前にも何度か味わったことがある。
あの男…ハールマンに暴力的なセックス、もといレイプをされた時に…
息も絶え絶えなところを貪るように突かれ、呼吸ができなくなったことが何度かあった。あいつは人の制止をそう簡単に聞くような男ではない。それどころか、俺が強すぎる快楽に苦しみ死にかけている顔を見て更に硬くしていた。そんな男だ。だからそういう時はもう諦めて失神か気絶するかしかなく、大体その後の記憶が飛んでいる。そして今、それと同じことが起きようとしている。正真正銘、俺の煽り通り、退治屋はハールマンと同じくらい乱暴なセックスをしている…
ふつふつと後悔の念が湧き始めるが、もう遅い。経験から分かっていた。意識を飛ばすことでしかこの苦しみからは逃れられない…

ある種の走馬灯のようなものを見て覚悟を決めていると、退治屋が異変に気付く。
「…ヘイグ?どうした?」
どうしたも何も、息ができないので答えることができない。
小さく痙攣しながら呼吸にならない呼吸を続け、はやく終わりが来ることを願っていると、退治屋は慎重に自分のものを引き抜いた。
俺の腹のあたりを手で押さえ、冷静な落ち着いた口調で語りかける。
「ヘイグ、大丈夫だ…口じゃなくて鼻で呼吸しろ」
「ぁっ…、はっ、はっ…ふっ……ふっ…」
続き、しないのかと思いつつ、言われた通りにする。
「私に合わせて、深呼吸するんだ」
退治屋に合わせ、すぅ…、ふぅー…と、鼻で深く息を吸い吐く。何回か続けるとだんだんと呼吸が整い、どうにか酸素を肺に運ぶことができた。
「動けるか?体を起こすぞ」
背のほうに手を差し込まれ、ゆっくりと抱き起こされる。体に力が入らず、退治屋にぐったりともたれかかることしかできない。
「悪い…また無理させた」
退治屋が、俺の背中を摩りながら申し訳なさそうに謝る。
「………」
皮肉か嫌味でも言いたいところだったが、まだ息をするので精一杯で、何も言えなかった。


しばらくして落ち着いたあと、続きをしてやるかと思い退治屋のものに手をやるとすっかり萎えていた。
「なんだ…出してやろうと思ったのに」
「お前…よく言えるな…驚いてそれどころじゃなくなった」
呆れたような、心配していたような顔に、だんだんと翳りが見える。
「…私の方が、乱暴だったか?」
…それはハールマンと比較してということだろうか。
「まあ、途中までは同じくらいかな」
「途中まで…?」
「あいつは俺がどうなってもやめたりしなかった」
その一言に退治屋は眉を顰める。
「こういうことが前にもあったのか?どうしてたんだ」
「どうしてたって…殴られ続けたら誰だって意識が飛ぶだろ。それと同じ」
退治屋が絶句する。真面目なこいつには刺激の強い会話だったか。
「まあ慣れてるし、昨日よりは刺激的で良かったぜ」
虚勢を張って気丈に振る舞ってみるが、退治屋の表情は曇ったままだった。俺を抱く腕に少し力が入る。
せっかくの返しを無視するような反応に納得がいかず、拗ねるように退治屋の肩に顎を乗せたところで、ふと気付く。
今、対面座位のような状態になっている。挿入はしていないが…この対位は人生で初めてするものだ。
常に誰かを支配して奪うだけの人生。逆に支配され奪われる側になったりもしたが…どっちにしろ、こんな、抱きつくような対位はしたことがなかった。
ぴったりと身を寄せ合い、互いの体温を肌で感じ合う。ただそれだけなのに…まるで何かが──その何かの正体は分からないが──…全身に満たされるような、妙な満足感があった。
「…そろそろ下履きたいんだが」
俺よりも少し低くて、俺よりもずっと優しい声がなにやら文句を言っている。
ちょっと前までは遠く離れた場所で聴こえてくる声だったのに、今はこんなにも近くで聴こえる。不思議な感覚だった。
俺が何も言わず動かないでいると、声の主──退治屋は小さくため息をついて俺の背中をトントンと優しく叩いた。
まるで子どものような扱いだ。普段なら撥ね退けてやるところだが、どうにもそんな気にはならなかった。


空に目をやると、あんなにも白かった雲がうっすらと赤く色づき始めていた。きっと、あと数十分もしたら日が暮れる。
この体温は、今は俺だけのものだ。
この体温は、今はお前だけのものだ。
世界が終末を迎えたところで悲観もなにもしなかった、大気の流れに身を任せるだけの、空虚な人生。
その中でひとつ、失いたくないものができた。

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