
大都市の荒廃した道をただひたすら歩く。
ついこの間まで、ビジネスマンや観光客でごった返していたロンドンのとある通り。
今はもはや、見る影もない。どこを見渡しても誰もいない。
──ある日突然、世界は終わりを告げた。
ロンドンを拠点に吸血鬼退治を生業にしていた退治屋の私と、もうひとりだけが、この世界に取り残された。
「血」
私の隣を歩いていたそのもうひとりが、ふいにぼそっと言う。その一言に、びくりと私の体が強張る。
「腹減った。くれよ」
ふてぶてしく私にねだる、若い(実際には私よりも何十歳も年上だが)細身の男──ジョン・ヘイグ。まるで整えられていない短く無造作な黒髪に、フォーマルなベスト姿…一見ミスマッチなようにも見えるが、その姿は妙に様になっている。こんな荒廃した世界でまでこの格好なのだから、私の"退治屋"としての格好と同じように、何か拘りがあるのかもしれない。
この男は今の台詞の通り先天性の"吸血鬼"で、空腹のサイクルがいまいちわからないが…時折思い出したかのように私の血液を欲する。
そう、何の偶然か"退治屋"と"吸血鬼"が生き残ってしまったのだ。
そしてその吸血鬼特有の、光の加減で輝く金色の瞳に見つめられると、どうにも体がいうことを聞かなくなる。
とりわけヘイグの瞳は鋭く、突き刺すような、猫、あるいは…苦手なので名前を出したくはないが、あえて表現すると"蛇"に似た細く長い瞳孔が、私を捉えていた。
「仕方ないな…」
あまり乗り気ではないが、従わざるを得ない。
私に拒否権は無かった。
そういうふうに仕込まれてしまったから。
誰もいない、あたりに物が散乱し、もはや店とは呼べなくなった店に入る。おそらく、個人経営のカフェか何かだったのだろう。カウンターと思しき場所に、そこらに落ちていた椅子を二つ並べて座る。
誰もいないのだし、外でも構わなかったが…やはり、気がひける。
すぐにヘイグが私の首元に口付け、舌を這わせ、丹念に唾液を塗り込んでいく。吸血鬼の唾液には表皮麻酔が含まれている。牙を挿入する際の痛みを消し、吸われる側の負担を減らすためだろう。自分勝手で相手の都合など考えないはずの吸血鬼だが、不思議なことに、こと吸血に関してはなぜか相手を気遣うような手順を踏む。
静まり返った店内で、ぴちゃ、ぴちゃ、と水音が小さく鳴り響き、顔から火が出そうなほどに恥ずかしかった。
それが数分続き、無言で耐えていると、もう充分だと判断したのだろうかヘイグは口を首から一度離し、体制を整え、先ほどまで舐めていたところとはほんの少しだけズレた場所に確かめるように舌を当て───細く鋭く尖った牙をゆっくり、深く挿入してきた。
「……ぅ…っ…」
思わず声が漏れ出る。
痛くはない。麻酔を丁寧に塗り込まれたおかげで何も感じない。
ただただ"何かが入ってきた"感覚しかない。それが逆に気持ち悪く、何度か経験して(させられて)はいるものの慣れることができず、思わず身を捩る。
だがヘイグにしっかりと両手で襟元を掴まれていたため、すぐさま乱暴にぐい、と引っ張られ、元の体制に無理矢理に戻される。
気持ち悪いという、防波堤のような私の思考は、すぐに快楽という大きな波に打ち消される。吸血鬼の唾液は便利な物で、表皮麻酔でもあれば、中枢神経に作用する麻薬でもあるのだ。
快楽の波に飲まれた私は、息がうまくできなくなり、溺れるような感覚に陥る。
ヘイグは何も言わず、貪るように私の血液を吸い上げ、こくっ、こくっ、と微かに音を立てながら飲んでいた。
その姿がなんだか…本人に言ったらおそらく機嫌を損ねると思うので言わないが──赤ん坊のようで、たまらなく愛しい気持ちになってくる。
…以前、世界が平和だったくらいの頃の話だが…部下のエリソンが、吸血鬼の唾液の麻薬成分を調べた際にオキシトシンがどうとか言っていた。オキシトシンはいわゆる愛情ホルモンだそうで、きっと私の脳内は今、このオキシトシンとやらが過剰に分泌しているのだろう。愛しく感じるのはきっと、そのせいだ。
びりびりと痺れる甘い快楽に脳が支配され、もはや正常な思考はできなくなっていた。
意識も遠のいていき─…
気がつくと、あたりは少し薄暗くなっていた。
手足が重だるく動けないでいる私を尻目に、ヘイグは澄ました顔で店内を暇そうに眺めていた。
おそらく、私の意識が戻るのを待っていたのだろう。私が目を開けた事に気がつくと、こちらに歩み寄り、顔を覗き込んできた。
「やっと起きたか」
手間をかけさせやがって、というような、まるで心配していない態度と口調だ。
まあ慣れたもので、そんな態度に特に思うところは無いのだが…
「……」
なんだかいつもよりそわそわしている気がする。
「…どうした?」
掠れた声で質問すると、ヘイグはこちらの…何故か下の方を一瞥し、なんともいえない表情で、
「お前さ、ずっと勃ってんだよね」
と、いきなりとんでもないことを言ってきた。
えっ、と驚いて下を見やると、確かに…勃っている。何故気づかなかったのだろうか。
ヘイグ曰く、意識を失うよりも前、血を飲んでる途中から私の…それが勃っていたことに気付いていたらしい。というか毎回勃っていると、爆弾発言をしてきた。
何故その場で言ってくれないのか…しかも、どれくらいの時間かは分からないが…意識を失いながら勃たせていたということにる。いつも意識を失えばそのまま収まっていたらしいが、今回は何故か勃ちっぱなしだったと。とんでもなく恥ずかしい。
しかし、そんな恥ずかしい気持ちで萎える気配は全くなかった。
たしかにまだ、麻薬が体内に残っているような熱っぽさを感じている。
「……」
二人の間に、気まずい空気が流れる。
「と とりあえず、その…一人で処理するから…」
出てってくれ、と続けようとしたところ、ヘイグが口を開く。
「ヤろうぜ」
はっ?と考えるよりも先に声が出る。
私が話し出すよりも前に、ヘイグが続ける。
「俺も、溜まってるんだよ。ちょうどいい」
いや、よくはないだろ。
「ヤ、ヤるってそれは…つまり…」
「セックス」
直球すぎる発言に呆気に取られる。
男と女じゃないんだぞ。そんな簡単にはできないだろと諭すと、ヘイグはすでに自分のシャツのボタンに手をかけながら、
「ハールマンに仕込まれていたから、大丈夫」
とだけ言った。
…ハールマン?
ハールマンとは、かつてヘイグに付き纏っていた、同性愛者のドイツ人の吸血鬼、フリッツ・ハールマンのことだろう。
ドイツでは悪名高い。私は過去ドイツに何度も出張していたし、あいつは計算高いところがあり要警戒対象だったのでよく知っていた。いつの間にかロンドンに来て、いつの間にかヘイグの家に居候していて驚いた記憶がある。肉体関係を持とうと迫るハールマンに対し、ヘイグはいつも嫌悪の表情で鬱陶しそうにしていた。ヘイグがハールマンを拒絶していることは誰の目にも明らかだったのだが…
それが「仕込まれていた」とは、一体どういうことだ?
「やっぱりお前ら、そういう関係だったのか?」
うまく咀嚼できず、ストレートに質問を投げかけてしまった。
ヘイグはボタンを外しながら薄ら笑いを浮かべて、
「そんなわけあるか」と言った。
…一瞬、何を言ってるのかわからなかったが、だんだんと意味を理解し始めた。
もしかしたら、とんでもなくまずいことを聞いてしまったかもしれない。
謝ろうかと思った矢先、ベストとシャツを半分はだけさせたヘイグが突然、
「お前って童貞だよな?」
と普通に失礼なことを聞いてきた。謝ろうか考えていた私が馬鹿みたいだ。
「まあ…」
しかし童貞であることは紛れもない事実なので、肯定するしかなかった。我ながら、情けない。
ヘイグはその返事を聞くと、
「へえ~、じゃ、俺が卒業相手になるんだな」
にまーっと意地の悪い笑顔で、嬉しそうな反応をした。
不覚にも、ちょっとだけ可愛いと思ってしまった。
麻薬のせいだ。
ヘイグはそのまま、私のコートの襟に手をかけ、
「これ貸せよ」
と言ってきた。よくわからないが言われるがまま脱いで渡すと、丸めてカウンターに置き、その上に腰掛けた。クッション代わりにするようだった。
「何ボケっとしてんだ、早くしろよ」
急かしながらカチャカチャとベルトを外し、まったく躊躇いもなくズボンを下着ごと脱ぎ捨てた。
はっとして、私も慌ててベルトを外す。相変わらず、勃ちっぱなしだった。
衣服を脱ぎ捨て露わにしたところで、ヘイグは私のそれを見ると、
「宝の持ち腐れだな」と、褒めてるような貶してるような言葉を半笑いで投げかけてきた。
普段なら、皮肉の一つでも言い返してやるところだが、どうも麻薬に気が当てられているようで…そんな意地悪な言葉さえも、煽りのように感じた。
ヘイグは自分の口に指を突っ込むと、その唾液を潤滑油がわりにして穴をほぐし始めた。表皮麻酔で多少の痛みも気にならず、麻薬成分で感度が良くなるのだという。吸血鬼の唾液というものはどこまでも便利だ。
自分で自分の穴をくちくちと音を立てながらほぐす姿がまた妙に扇情的で、腹の底が熱く疼くのを感じた。
「ん…もういいか」
そう呟くとヘイグは穴から指を抜いた。穴は糸を引き、くぱくぱと、物欲しそうに収縮を繰り返していた。
「早くしろ」
仰向けになりながら余裕そうな笑みを浮かべ、腰をゆらして誘う。
入れられる側なのに、この態度だ。
…セックスは、向こうの提案だ。私の意思ではない、麻薬のせいだ、と無理のある言い訳を自分に言い聞かせて、私のそれを、ゆっくりと挿入していく。
ずぷ…ずぷ…と音を立て、奥深くまで到達させる。
「っ…ぅ…」
ヘイグは、唇を噛みながら、時折声を漏らし顔を赤らめながら身悶えていた。入れただけで、こうなるのか?さっきまでの余裕そうな素振りはなんだったんだ?ただの虚勢だったのか。
中は暖かいというよりも、少し熱く、締め付けもきつかった。
正直、刺激が強すぎる…と思った。動いたらすぐにでも達しそうだった。
そこでふと気付いたが…ゴムをしていない。セックスというものは、ゴムをつけるのが一般的ではないのだろうか。男女の場合は避妊が目的だが、男の場合は…?どうしよう…中に出してしまっていいのか?外に出すべき?間に合うか…?としばらく悶々と考えてから、確認を取ろうとヘイグの方を見ると、ヘイグはすでに肩で息をしており、首の方までも紅潮し、ぼうっとしていてとても会話をできる状態ではなかった。
「え?」と思ったが、どうも私が動かずにいたのがよくなかったらしい。意図せず焦らしてしまい、すでに息絶え絶えで、若干泣きそうな声で抗議してきた。
「さっさと動けよ…」
中をぎゅうぎゅうと締め付けている。
「わ、悪い…ゴムつけてないから…中に出してしまっていいのかと思って」
「今更どうでもいい」
はっきりとした答えが返ってこないのでちょっと困ったが、このまま動かないわけにもいかないので、ゆっくりとぎこちなく腰を引いてみる。
「う、ぁぁっ」
ヘイグがたまらず、びくびくと震えながら声を漏らしていた。
カリが入り口付近まで来た時に、またゆっくりと深く挿入する。
「はぁぁ…っ」
ヘイグが背をそらしながら感じている。私も、強い刺激で力が抜けそうになる。セックスのやり方がこれで合ってるのかよくわからないが、とりあえずこの動きを二、三回繰り返してみる。
ヘイグはその度に小刻みに震えるが、どうにももどかしいようで、
「もっと…早く…」と指示してきた。
「いや、早く動いたら、す、すぐ出る…」
人生で一番というくらい情けない返事をすると、痺れを切らしたヘイグが
「中に出していいから…」
半泣きで指示というより──懇願してきた。
今度ははっきりとした返答が返ってきたのでとりあえず安心して、言われた通り、ヘイグの腿を押し上げ、少し早く動かす。
「ひっ、いっ、あっ、ぁっ」
たん、たん、と腰を打ち付けると、その度にヘイグが揺れながら鳴いた。
悲しい事に宣言通り、私はすぐに果ててしまい、中に白濁をぶちまけた。しかし出していいとは言われたものの、咄嗟にまずいと思い一気に引き抜いてしまった。
「あ゛っ!?」
引き抜くと同時にヘイグの体はびくんと跳ね、吐精していて──今の衝撃で達してしまったようだった。
ぽっかりと空いた穴からドロリと、私の出した白いものが零れ落ちた。
ヘイグはガクガクと震えながら、
「…っ!…っこの…」
私の方を半泣きの険しい顔で睨み、何か文句を言いたげだった。
主導権が自分にあると思っていたのだろうか、私の予想だにしない動きに振り回されて心外だ、という感じだ。
申し訳ないと思いつつも、興奮してしまった。いつも余裕しゃくしゃくでなにかと私をからかってくるあの男が、快楽の前では為す術なく睨むことしかできないでいる。クッションがわりにしていたコートを必死につかんで、なんとか理性を保とうとしている…
その光景を見ていると、さっき出したばかりの私のそれは見る見るうちに元気になる。
だがこれはまたとないチャンスだと思い、私はヘイグの足を掴んで、さらに仰向けにさせた。
「なんっ…!?」
驚いているヘイグには目も暮れず、穴にあてがい、今度は一気に突き入れる。
ごりごりと、肉が擦れる感覚が伝わる。
「───っ!」
ヘイグが、同時に射精する。入れただけでまたすぐに達してしまったようだ。が、私はまだだ。
刺激に耐えられなくなったヘイグとは逆に、慣れて調子に乗った私は容赦なく腰を打ちつけた。ヘイグはもはやまともに息ができなくなっているようだ。腰を浮かし仰け反っていて顔はよく見えないが──
「ぐっ、うぅっ!い、あ゛っ、あっ…!」
普段のすまし顔からは想像もつかない喘ぎ声から察するに…おそらくひどい事になっていると思われる。
ガタガタとカウンターを揺らしながら、
ばちゅっ、ばちゅっ、
肉同士を打ちつけ合う威勢のいい音と、
ぐちゅっ、ぐちゅっ、
中の液体を攪拌するかのような音。
そして、
「う、あ゛ぁっ、あぁっ!」
ヘイグの嬌声が沈まりかえった店内に激しく響き渡る。
ある一定の角度を強く突いてやると、その嬌声はますます大きくなり、びくびくと跳ねる。
──ここはかつて、たくさんの人で賑わっていたカフェか何かのはずだ。性別年齢問わず、様々な人たちがティータイムや友人とのお喋りなんかを楽しんで、くつろぎ、安らぐ──そんな場所で、世界に取り残された哀れな二人が、互いの存在を確認し合うかのように淫らな行為に励んでいる。本来、そんなことをするために置かれたカウンターではないのに。その異様な状況が更なる興奮を与え、快楽の波が押し寄せる。
「出すぞっ…」
ドクドクと、とても2回目とは思えない量を、ヘイグの中に注ぎ込む。
「ひっ──」
ヘイグは足をぴんと張り、注ぎ込まれる精に身を震わせ、また達していた。
中は激しく収縮し、搾り取るような動きをしていたので、望み通り今度は引き抜かずに、体を密着させそのままじっくり塗り込むように奥へと奥へと押し込んでいく。
コートを掴んでいたはずのヘイグの手が、いつの間にか私の腕を縋るように掴んでいた。
「うっ、んっ、ふぅっ…」
息を切らし頬を紅潮させ、苦しそうに私の下で小動物かのように震えている姿を見ていると、今まで誰に対しても感じたことのない、ある種の感情が沸き起こってきた。
それから気をつけながらゆっくりと引き抜くと"ぐぽっ"といういやらしい音が聞こえ、穴はさきほどより量の多い白濁をぼたぼたと垂らし、ひくつかせていた。まだ物足りないという感じだったが、流石にもう無理だと思い、諦める。
ヘイグは、全身の力が抜けたようにぐったりとしていた。
息を切らしながら「大丈夫か?」と声をかけると、頭を向ける事なくちらりとこちらに目をやり、ぼんやりとした瞳で
「うん…」
と、普段なら絶対聞けないであろう、弱々しい返事をした。その返事を聞いた瞬間、ぶわっと脳から何かが放出されたかのような感覚に襲われた。
思わずヘイグの火照った頬に手をやり、汗だくの額にキスをしてみる。ヘイグは特に何も言わず拒絶もせず、私の自己満足の不慣れな……愛情を受け入れていた。
「あ゛〜しんど」
数十分ほど経って復活したヘイグは、すっかりいつもの調子に戻っていた。
そのままの服…つまり下半身丸出しの状態でカウンターの上に気怠そうに座り、大きなあくびをしたり、体のどこかしらをボリボリ掻いたりと、弱さや可愛らしさとは無縁な粗雑な男っぽい動作をしていた。
「好き勝手しやがって…」
独り言のようにも聞こえるが、多分私に言っている。
たしかに勝手にやりすぎた自覚のある私は、気まずさから目を逸らし、
「悪かった…」と、謝る他なかった。
ヘイグはふん、と鼻を鳴らし、
「童貞を相手するのは疲れるな」
…あんなにも乱れて余裕もなさそうだったのに、今はこの態度だ。もし私が逆の立場だったら、恥ずかしさでまともに顔も見れなくなっていると思う。その神経の図太さだけは羨ましい。
ヘイグがいつもと同じ、荒廃した世界に似つかわしくないフォーマルな服装になるころには、すっかり日が暮れていた。
私はというと、麻薬の熱はすっかりと冷め、無理矢理に引き起こされた一時的な熱も吐き出し、暗闇の中なんともいえない罪悪感と後悔に苛まれていた。
そんな私をよそにヘイグは「寝る」とだけ言い、私のコートを今度は枕がわりにしてカウンターの上に横たわっていた。
こんな自分勝手な男に可愛いとか、愛おしいとか、少しでもそんな感情を抱いた自分が嫌になる。
ただ…また誘われたら、断れる自信はまるでない。
その時も、また麻薬のせいにしてしまうだろう。